ラビスタ展評 栗田秀法氏(ギャラリーA.C.S/名古屋)

名古屋大学大学院博物館学教授 栗田秀法氏に、梅田恭子「たがう/むつぶ」展について展評を書いていただきました。

梅田恭子さんというと『版画芸術』122号(2003)に添付された銅版画集「ツブノヒトツヒトツ」の一葉でなじみの方も多いに違いない。このユニークなタイトルは、万物が粒からなり個々人も粒の一つ一つに他ならないという作家独自の世界観から来ているという。自らを極小の単位の存在まで矮小化しつつ表現するという矛盾を引き受けつつも、この作家は、ツブ同士の摩擦に息詰まりながらも、ツブ間のわずかな交通の余地、あるいは新陳代謝の今にわずかな希望を託し、日々ニュアンスを変えるわずかな吐息やつぶやきを銅板の上に刻もうとしたのである。今回の個展のタイトル「たがうとむつぶ」も、ツブ同士が通じあうことの不可能性と可能性を考えれば、この作家の基本的な立ち位置を端的に表したものに他ならない。
今回の展観でも、自動筆記から生まれたかのような微弱な線条の戯れを銅板に刻み腐蝕させた小品や絵具の転写から生まれた不定形の対象を紙片に定着した小型のモノタイプ作品では、意味深なタイトルとあいまったささやきに似た「弱さ」の美学は健在であった。とりわけ会場で目を引いたのは、色を点された柔らかで落ち着いたドローイング世界と、不定形な漆黒の絵具の生み出す混沌としたモノタイプ作品の表現世界の対比である。「たがう」が全面に出た後者に見出されるこの作者にしては「強い」作品世界の登場は、一時の心境の変化なのか、新たなリセットのきっかけなのか、予測がいささか困難な次なる展開を楽しみに待ちたい。

ギャラリーA.C.Sラビスタより転載